京都 建築家 一級建築士事務所 アーキフィールド建築研究所
ホーム
作品紹介
ポリシー
コンセプト
プロフィール
メディア紹介
建築家のひとり言
お問い合わせ

■policy
「我が家」とは、家族の身も心も癒してくれ、全ての我がままを受け止めてくれる寛容さを持ち合わせた「幸福の棲み家」であるべきだと考えます。その我がままは、家族に我慢や妥協を与えずひとり一人が自分にあった「住み心地」を得られる場所。そこには勿論、家族の決して受け身でない「主体性」「意志」が存在しなければなりません。 地域の気候・風土に合っていることは当たり前。物理的・精神的安定があってはじめて、 『食べたり、くつろいだり、寝たり、子孫を残す』という「住まい」本来の固有の役割が永くゆっくりと果たされて行くのではないかと考えます。
あなたによる、あなただけの住まいづくり
今まであなたが、

「何を感じ、何を見て、何を生き甲斐に、何を大切にしてきたかの総体」
として表現されるものが「住まい」とも思えます。家族はその「総体」において、新たな歴史、思い出を積み重ねていきます。 家族はひとり一人違う「個性」や「価値観」を持ち得ています。私達は建て主と正面から向き合い、それらすべてを大切に受け止め「あなたによる、あなただけの住まい」を創り続けます。
家づくりは「自分探し」
 季節によって、年齢によってあるいは心境の変化によって、人はヘアースタイルを変えたりします。これは、さほどお金が掛からないから出来る「経験」なのでしょう。皆それぞれに、「自分」を表現されています。しかし、お金の掛かる「家づくり」はそう簡単に経験できるものではないでしょう。  ひょっとして、その「経験」があまりないがために自分のライフスタイルや嗜好がわからないでいるか、気づかないまま埋もれているのかもしれません。  その経験不足を補う人がいなければ、その人に合った家は見つからないような気がします。それを補う役目が「建築家」。建て主のまだ知らない「自分の新しい暮らし」を一緒になって探す努力を私達は惜しみません。 つまり、家は選ぶものではなく、

「自分探しの結果」
でもあるのです。

住み手と建築家と、「考え」の共有
家づくりを思い立ったら、まず、今の住まいで家族が感じている不満のすべてを、箇条書きして拾い出してみてはいかでしょうか。これは暮らしに対するハードな面ばかりになりがちですが! 建築家はそれを基に考えをまとめていきますが、ただそれだけではないことを知って頂きたいのです。どんなデザイン?どんな設備?も勿論大切ですが、それ以前に、
「どのような暮らしがしたいのか?」「家に何を求めるのか?」

私達とその思いを共有し、言葉のウラに見え隠れする潜在的な要望をも可能な限り摘み取り、私達が表現しカタチ作っていきます。 実際に計画をまとめるまでの、プロセス・コンセプトを重要視することが、結果として「生きた家」を生むのです。

建築家としての資質
建築家の資質として、感受性に優れていることは当然ですが、想像力が特に重要です。 描いた平面プランを三次元に見ながら、四季折々、住み手になりきって生活体験をすべての場において入念に繰り返します。
光や風の入り具合、座ったり、寝転んだり、歩いたり

さらに、家族の10年後20年後のその家との関わり合いを想像していくのです。 ですから、「建て主の言いなりには、なりません。」失礼な言い方かもしれません。これはつまり、建て主の目的や充分なコミュニケーションをもとに、あくまでも「住み心地」を追究し、必ず『建て主の利益』になることを考えて提案するという、一貫した姿勢の表われであると理解して頂きたいのです。私達はこのことを基本に信頼を深めてまいります。

建築家のタブー
設計のプロとして「建築家」として、決して性能を無視して独りよがりのデザインに酔いしれてはいけません。 「住まい」の設計の真髄は、視覚的に「まぁ、素敵!!」をたくさん創ることではなく、見えない「何となく悪いところ」をできるだけ無くすことだと考えます。 建て主の目的に反して、

無責任な『夢の語り人』であってはならないのです
より快適な「住み心地」という「価値」を創造することであって、自らの懐を潤すためのテクニックやデザインを考え出すことではないのです。

「住み心地」って?
まず、建て主の目的に対して、的確な機能性を備えなければなりません。しかも、その土地の風土、地域性、気候性にも合っていなければ、それは実現しないでしょう。家は「個体」であり、地域の「集合体」。地域に柔軟に対応していなければならないのです。 家は、建て主さんと建築家そして現場の職人さん達と、家づくりの方向性をひとつにして三者が一体とならなければ、やはり実現しません。
「顔の見える建築」「声のつながる建築」

いわば、三者が一体となった感動物語を創らなければ実現しないでしょう。 造り手側が建て主との共感が希薄になるような家づくりをすれば、魅力も、安心も、ロマンも感じられないはず。これらすべてが「住み心地」に関係してくるのです。 三者がお互いを尊重し、目的に向かって一棟一棟手造りすることでしか「真の住み心地」は得られないと考えます。

「素直な建築」
何が何でも、構造は○○造でなければだめです。材料は○○を絶対に使います。 これでは建築家として失格です。 あっ、僕はこんなこと勿論言いません。 決して、構造や材料を目的にしているのではなく、あくまでも建て主の目的、風土、地域性、気候性に、

素直に対応し、素直に選択し、素直に造形する
だけなのです。 しかもシンプルであること。単にカタチの単純さだけでなく、作品のコンセプトや造形のプロセスが明快で解りやすくなければいけないと考えます。 そして美しいこと。自然界のすべての生き物は長い歴史の中で進化し、不思議なほどに機能的で調和が取れた美しい姿をしているものです。 無理なく自然と向き合う造形=「自然現象」として考えてしまう私。 結果、そこには建て主のための『自然と一体となった棲み家』が実現するのです。 勿論そこには、すばらしい「住み心地」も備わるのです。
Copyrght(c) 2006 ARCHI FIELD all right reserved.